七百二話 岩牡蠣

季節が代わる度、暖簾をくぐる鳥取の割烹 “ みた ” で。
ひと通り食べ終わって水菓子にさしかかった頃。
視界の片隅、敷かれた氷の上に石ころみたいなものをのせた皿が通り過ぎた。
右隣に座っていたひとり客に供された一皿。
その若い男性客には、亭主が注文を受けずに見繕った一品と酒が振る舞われる。
どうみても常連客だろう。
石ころの正体は巨大な殻付きの夏牡蠣で、脇の硝子酒器には地酒が冷やで注がれる。
そして、客は、三等分に切り分けられた身を啜りながら冷酒をひと口煽った。
若い時分からそんな贅沢してると俺みたいに碌なもんにならんぞぉ!と思いながら訊く。
「ねぇ、それって美味しいですか?」
「えっ、はぁ?美味しいです」
我慢は身体に悪いので注文することに。
「僕にもその牡蠣いただいて良いですか?」
「はい、水菓子の後になっちゃいますけど、それで良ければ」
梅の蜜煮と鳥取名産 “ 大栄西瓜 ” を食いながら待つ。
拳より大きな牡蠣を見事な手捌きで開いて身を剥がす。
包丁を入れた後、身を再び殻に戻し氷の上に盛って付け台越しに手渡される。
なんらの味付けも施さない素の生牡蠣だ。
下殻が平らで全体的に外観が平べったい。
檸檬汁を落として口に入れると、とにかく想像を遥かに超える濃厚さと旨味に驚く。
それでいて、拗さがなくさっぱりとした風味が後に残る。
「なんなんこれ?糞旨いわぁ!」
皿に添えられた鳥取賀露漁協の銘札には “ 夏輝 ” とある。
この冠が許されるのは、獲られれた天然岩牡蠣の一割にも満たないらしい。
そもそも天然岩牡蠣そのものが、日本海沿岸数カ所でしか獲れない希少水産物だ。
滅多と口に入るものではない。
産卵前の身が大きく育つ七月と八月が旬で、今はその出かかりだという。
春夏秋冬、こういう出逢いがあるから鳥取通いがやめられない。
帰り際に隣の客から。
「美味しかったですか?」
「おかげさまで旨かったです、ありがとうございました、お先です」
翌朝、朝五時過ぎに目が醒めた。
だいたい七時前に起きることなどないのに。
牡蠣は、栄養価が高く滋養強壮・疲労回復に効くというのはどうやら真実みたいだ。

ごちそうさまでした。

 

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