四百七十八話 眼前の島 其の一

窓を開けると、海辺の家の西側から島が眺められる。
淡路島。
明石海峡に架けられた大橋を渡ると島の北端に着く。
目と鼻の距離で、時間もそうはかからない。
割と評判の良い観光地らしいが、眼の前にあると存外関心が湧かないもので。
架けられてからすでに二〇年近く経つ橋を渡らずにいた。
そんな島に、今更ながら向かうことにする。
なんの期待感もなく、日曜日にただ暇だったからというだけなのだが。
実際向かってみると、橋を渡る時点ですでに結構盛り上がる。
遠くから眺めているとただの橋だが、 世界最長の吊り橋は想像を超える巨大さで迫ってくる。
同じ海を東から眺めるか 西から眺めるかで、たいして変わりがないだろう。
そう思っていた風景も、橋の上からでは全く違った眺めだと気づく。
この島は食材の宝庫とも呼ばれる豊かに恵まれた土地で、魚、牛、鳥、野菜などの全てが揃う。
そのほとんどは産地ブランド化された逸品として扱われている。
対岸にある海辺の家で消費される普段の食材も、淡路産のものが多い。
なので、近場に暮らしていると、わざわざ淡路で喰わねばという食材が思い浮かばないのだ。
同じことを考えて検索していた嫁が。
「貝は?」
「えっ?貝ってなに貝?」
「知らない、いろんな貝の盛合せ」
「よくわかんないけど、どうやって喰うの?」
「焼くみたい」
「なに味?」
「知らない、醤油じゃない」
「で、なんの店屋?和食屋?」
「知らない、なんか洲本の水産会社だって」
「行こう、行けばわかるじゃん、今予約したから」
「はぁ?どうしようかじゃなくて予約済み?」
洲本インターチェンジで降りて、国道二八号線から県道七六号線へ。
海沿いの県道に入ると、海峡の村らしい風景が続く。

こんな、とが逸平さんの絵にあるような。
で、対向できない細い村道をくねくね進んで、抜けると看板が見える。
株式会社 新島水産
看板の先には、錆びた数本の鉄柱に支えられた建物が。
って、これ、どっから眺めてもただの水産加工場だろう。
「マジかぁ?ここのどこで飯喰うの?」
「知らない」

続きは、眼前の島 其の二で。

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