百十三話 ANSNAM 〆の逸品

下手に尋ねる。
⎡今、忙しい?⎦
⎡秋冬コレクションの準備や何かで結構忙しいですねぇ⎦
⎡ふ~ん、ちょっと頼みがあるんだけど⎦
⎡何ですか?ややこしい話じゃ無理ですよ⎦
⎡真夏に涼しくてベタつかなくて気持ちよく着られる服創ってよ⎦
⎡目一杯ややこしいじゃないですか⎦
⎡しかも、今着る服を今すぐ創れっていう話ですよねぇ⎦
⎡世間がセールとか言ってるこの時期に無茶でしょう⎦
⎡そこを何とかするのが、天才中野靖なんだよ⎦
⎡え~、そうなんですか?⎦
⎡じゃぁ、ちょっとやってみようかな⎦
ANSNAMの中野靖君はほんとに頼りになる良い奴だ。
僕が欲しかったのは “ Tunic ” と “ Shirt ” を合わせたようなアイテム。
日本でチュニックといえば女性用の夏物上衣というイメージがあるが。
もともとは古代ギリシャやローマ時代の “ Tunica ” を祖とする男女兼用の装束である。
夏服の起源といっていい。
構造は究極に単純である。
なんせ布を被るだけで用が済むのだから。
しかし服でも何でもそうだがモノづくりは単純なモノの方が難しい。
着脱とゆとりの狭間でここしかないというところで線を引く。
こういったモノを創る際には時間をかけてはいけない。
迷い始めるときりがない。
時間のない場面で一気に仕立てる。
上質の布と最低限の付属品を、裁断と縫製の技術だけを頼りに魅せる。
布は、Albini社の Graph Check Broad だけを使う。
一〇〇番単糸の柔な風合いを最大限に生かす。
⎡中野君、デザインはしなくていいからね⎦
⎡失礼な、言っときますけど、僕はデザイナーなんですよ⎦
Musée du Dragon、二〇一二年夏〆の逸品です。

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